vol.2 宣戦布告
先日、調停の申し立てを裁判所に届け出た。第一回目の調停の日時が決まったと、弁護士から連絡があった。そろそろユキのほうにも裁判所から通知がいっているはずだが、いまのところ何も反応はなく平和な日々である。
初回は"当事者である"シュウとユキだけで、後妻の私は連絡があるときまで出なくてよい、ということだったが、当日は一緒に行くことにしている。今回のことは全部見ておこうと最初に決めたのだ。私だって、超当事者なんである。(怒
ということで、シュウの離婚裁判の記録も連休中にひととおり目を通させてもらった。ひとことで言えば、長い。彼らの離婚は成立するまでに調停2年、裁判1年の、あわせて3年かかっていた。
これほどまでに時間のかかった理由は、おもに解決金や養育費といったお金の額でもめた(ユキが法外な額を要求していた)ほか、どうしても子どもを引き取りたいとシュウが親権について粘っていたからだ。
ユキがごく一般的な感覚の持ち主であれば、シュウはここまでレンの親権にはこだわらなかったと思う。でも彼はどうしてもレンを渡したくなかった。母親のもとで成長していくことはレンにとってよくないと確信し、今もその考えに変わりはない。
レンもまた父親と暮らすことをのぞんでいたから、彼を引き取るためにシュウはあらゆる手を尽くしてがんばった。でも、ダメだった。
日本には「母性優先原則」という判断基準があり、よほどの理由がないかぎり子は母親と一緒に暮らすのが子の利益にかなうとされている。
ま、たしかに普通はそうだろう。無条件で子どもは母を慕い、母は子を慈しむものだと思う。
けれど、残念ながら母性イコール本能ではない。子を自分の持ち駒かペットのようにしか考えられない母親は現実にいて、そんな人でも口先で我が子と離れたくないと訴えれば、子の親権はまず間違いなく手にすることができる。
レンのように、母方へいくのを望まない場合でも。
子どもが自分の意思で親をえらべるようになるには、15歳になるのを待たなくてはならない。レンならまだ3年以上、行ったり来たりの不安定な状況が続くことになる。
こんなふうに画一的に決められてしまう『子の利益』っていったい何だろう?
丸3年かけて誠心誠意訴えたシュウの父性は、裁判所では認められず、レンはユキが引き取ることで結審した。
以来、面会の主導権はユキが握り、シュウもレンも私も、いつも彼女に振り回されてきたのだった。
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